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鬼哭(きこく)
2002年12月2日
著者:ヤオイドー
イラスト:ヤオイドー

◆登場人物◆
* 鬼面童子 *
かつては名のある武士であったが、ある事件以来顔を鬼面で隠し、名を捨てた。
現在は主君の命で、絶望的な探索の旅に出ており、今回、北の大地へと足を踏み入れた。
* 氷の騎士 *
氷の魔王に一応忠誠を誓った魔物。魔王亡き後も北の大地に居座っている。
凄腕の剣術使い。しかし、冷酷非道で残忍無情。
(決してガボではない)
* ナレーション *
ごく普通のナレーション。

◆作品構成◆
1話読み切り

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鬼哭(きこく)
2002年12月2日
著者:ヤオイドー
イラスト:ヤオイドー

汝は知っている。
汝が幾等剣を振るおうとも、
去った者達は二度と還らない。
守るべき者達を守れなかった者、失った者よ。
汝は何故戦うのか。
汝は知っている。
守るべき者を連れ去られる恐怖を。
置いていかれた者の悲しみを。
守れなかった汝自身への憎悪を。
〜北の大地〜
一面の銀世界…男が一人歩いていた。
  「!」
ピタリ、と立ち止まる。
腰に下げた愛刀の柄に手を掛けた。
  「…」
柄より手を下ろし、再び歩みだす。
がさり、と背後の雪隗が崩れ落ちる。
雪塊…ではない。人型の氷塊、この辺りに巣食う魔物である。
  「…主命とはいえ」
思えば遠くへと、
  「…来たものだ」
また雪が降っていた。
この地に足を踏み入れて幾たび眼にしただろう。
  「………」
無言で肩に積もった雪を掃う。
  「……は何処ぞ?」
此処に求めるものは必ずや
  「…居る筈」
であった。
一陣。
突如、風が吹いた。
  「?!」
先程まで、居なかった筈、であった。
  「!…驚いたな…これは珍しい」
驚いたのは此方であった。
眼前に居るのだ。
禍々しい甲冑に身を包んだ騎士がマントを翻して立っていた。
  「東国の剣士殿、ですか…一応、御尊名を伺えますか?」
物腰優雅にして恭しい口調であった。
しかし、
  「…人に名を尋ねる前に、先ず御自身から名乗られては如何かな?」
兜の奥から見える眼は…刺すような冷酷さがあった。
  「ヒト如きに名乗る名など無い」
事も無げに吐き捨て…
  「…そして、御立派な武士たる貴方には名乗るに足らぬ者ですよ」
…また穏やかな口調に戻り、恭しく一礼した。
  「魔物如きに名乗る名など無い」
こちらも、
  「…そして、栄えある騎士である貴殿には名乗るほどの者では無い」
…相手に倣う事にする。
  「!…ハハハ…結構な御挨拶…イヤ、感じ入りました」
その相手は…肩を震わせ笑っていた。
  「…ようこそ我らの王国…この北の大地へ!しかも東方からの御客人とは!」
如何にも楽しげであった。
  「…御用の赴きは?」
単に歓迎の辞を伝えに来た、訳である筈も無い。
  「これは失礼…わざわざ遠方からの御客人…なに、歓迎したいのは本心からですが」
  「客は客でも、招かれざる客だとでも?」
  「左様!…飲み込みが御早い…貴方には申し訳ありませんが、何分、主命ですので、ね」
  「それは困るな…大人しく帰れ、とでも?」
  「ハハハ…しかし、貴方は大人しく帰るつもりはないのでしょう?」
  「貴殿には申し訳ないが、こちらも主命で、な」
  「お互い、げに悲しきは宮仕え、ですか?…なに、御安心下さい」
騎士は、くくく、と笑いながら言った。
  「帰れ、などとは申しません」
穏やかに喋りながら…腰に提げた大剣をスラリと引き抜いた。
  「寧ろ…帰られたら困る、と?」
こちらも…太刀の柄へと手を掛ける。
  「如何にも…貴方の首を主に捧げねばなりませんので、ね」
騎士は如何にも嬉しげに…言ってのけた。
雪は何時の間にか、止んでいた。
  「…」
  「…」
両者共、微動だにしなかった。
雲間から月が顔を覗かせた。
刹那、
  「!」
  「!」
両者共、大地を蹴った。
白刃が月光に吠える。

先に仕掛けたのは騎士であった。
その大剣の一振りを、両者共、大地を蹴った。
白刃が月光に吠える。
  「…」
  「…」
僅かの見切りでかわす。
そして、太刀を引き抜き様に騎士の脇腹へと斬撃を…
  「?!」
加えた筈、であった。
が、騎士の姿は忽然と失せていた。
  「…!」
右肩にヒヤリとしたモノを感じ、横っ飛びにその場を離れる。
  「ハハハ!御見事!御見事!!」
…何時の間にか、その場に騎士が大剣を振り下ろし立っていた。
  「イヤ…私の踏み込みが甘かったかな?」
…右肩当てが
  「…!」
…半分となっていた。
  「その腕を…斬り落としたかと思ったが!」
その言葉が終わるより早く、
  「…く!?」
右肩より鮮血が吹き上げた。
刹那、気を取られた。時、同じくして
  「ハハハハッ!」
騎士は間合いを詰め斬りかかった。
  「!」
かわすには間に合わぬ、
  「ならば…」
ガッ!
太刀で騎士の大剣を受け止める。
  「…」
  「…」
刹那、時が止まったかの様であった。
しかし…
  「くくく…非力ですね?」
じわりじわりと騎士の刃が
  「…く」
右肩より、更に血が吹き出す。
兜より覗く騎士の眼は笑っていた。
心底楽しんでいるのだ。
さながら、猫が捕らえた鼠を嬲り殺すように。
やがて…
  「さて…」
騎士の剣がピタリと鬼面童子の喉笛に添えられていた。
  「これで終わり…ですね?」
クスクスと笑いながら騎士は言った。
  「まあ…気になさる事はありませんよ、御客人」
…力量の差は圧倒的であった。
  「貴方はよくやった。…まあ所詮はヒトの力であっただけの事」
しかし、鬼面童子は待っていた。
その力量の差から、
  「どうやら…そのようだな」
油断が生じる、その一瞬を。
  「だが…ヒトの力というものを侮らぬがいい」
そっと左手を小太刀の柄へと添える。
  「御客人方、皆様そう仰有いますが、ね」
  「!?」
…しかし、左手を捻られ小太刀はあっさりと奪い取られた。
  「この通り…私は健在ですよ?」
ドガッ!
  「ぐ…?!」
鬼面童子は胴を蹴り上げられ、さながら鞠の様に宙に浮き…
ドサリと雪原に叩きつけられた。
  「フフフ…ハハハハッ!ヒャーハッハッハッハ!!」
騎士はその様を見て、哄笑した。
  「ハハハ…あー楽しー…!」
騎士は突然沈黙し、何処かの方角を真剣な眼で睨みつけた。
同時に鬼面童子は跳ね起きると騎士との間合いを一気に詰め…
  「…」
一方騎士は明後日の方角を見たまま、その斬撃を先程奪い取った小太刀であっさりと受け流し
  「ぐ?!」
…刎ね退けられ、再び雪原に叩きつけられる。
騎士は今度は笑いはしなかった。興味を無くした眼で見ていたが、
  「…!」
自らの手にしていた小太刀から、何か思いついた様であった。
  「まあ…貴方にもお解り頂けたでしょう?」
また楽しげな口調であった。
  「…貴方では私には勝てません…これ以上見苦しい様を晒す前に…」
小太刀を鬼面童子へと投げ寄こし、
  「…自決されよ…一度見てみたかったのです」
クスクスと笑いながら言った。
  「切腹と言うモノを!!」
…期待のこもった眼差しであった。
鬼面童子は小太刀を手に取ると暫しその白刃を見つめ
  「…」
鞘へと静かに戻した。次に太刀を鞘へと納めると、
右手をその柄に添えたまま、片膝を立てた。
  「…何の真似ですか?」
些か、落胆した口調であった。
  「…勝負は」
未だ、
  「…ついてはおらぬ」
  「勝負?未だ??ついていない???」
…小馬鹿にした口調であった。
  「まだ力量の差というモノがお解りになりませんか?」
  「…『窮鼠猫を噛む』と言うぞ?」
  「…私が猫?貴方が鼠とでも??ハ!」
騎士は嘲笑した。
  「とんだ自惚れですね?東方の剣士殿??私から見れば『象に立ち向かう蟻』ですよ…一匹の蟻!」
  「…そうかもしれん」
しかし、
  「貴殿は私を…まだ殺せていない」
  「…正直に申し上げますがね、東方の剣士殿」
騎士の声には、些かうんざりした響きがあった。
  「貴方の御相手をするのは…飽きたんですよ。その、面白くないんです。まあ、そのう、こう申し上げてはなんですが…」
  「些か弱すぎる、と?」
  「左様…実のところ、貴方に止めをするのも億劫なんです…あちらに」
すっと先程まで見ていた方角を騎士は指差し、
  「…また新しい御客人が御見えになっております…早く御挨拶に参上せねばなりません…お解りですか?今、こうやって申し上げる時間も惜しいのです」
騎士はくるりと背を向けた。
  「貴方には…そうですね…新しい御客人の御相手を務めた後で…私が覚えておりましたら、再び此方に戻って参りましょう…その時御相手を務めるとしましょう」
騎士はまた、肩を振るわせてくくく、と笑った。
  「その時…貴方が生きていれば、ですが!」
騎士はそのまま歩き始め、
  「では、御無礼します。東方の御客人…それなりに楽しい一時でしたよ!」
クスクスと笑いながら、
  「…願わくば、新しい御客人は貴方よりも手応えがあって欲しいものです」
そして、現れ出た時と同じく風に乗って去ろうと…
  「…フ」
  「…?」
  「…逃げるのかな?」
…風が止んだ。
騎士は背を向けたままであったが、
  「…今、面白い事を仰有いましたね」
…騎士の口調は変わらず、余裕に満ちたものであったが、
  「…『負け犬の遠吠え』とでも聞いておきましょうか」
…此までと違った響きがあった。
  「…私は未だ負けてはいない」
  「…貴方の不屈の闘志には感服しますが、ね…些か見苦しいのではありませんか?」
  「譬え如何ほど見苦しかろうとも…勝機がある限りは私は諦めぬ」
  「成る程…貴方が鼠で私が猫であればその通りかもしれません。…ですが」
  「蟻の顎が象の頸を喰い千切れぬと何故解る」
譬え万に一つの勝機であろうとも
  「…私は、諦めぬ」
  「!…く、クックック…」
騎士は躯を折り曲げ、暫時呻ると
  「…ハーッハッハッハッハッハ!!」
…今度は反り返って哄笑した。
  「…色々と!…御客人は!…見えましたが!」
  「私程の、馬鹿はいなかったと?」
  「左様!左様!…貴方という方は!当に『愚か』の一文字に尽きる!!」
  「成る程…貴殿は相当に博識のようだ」
  「くっくっく…」
  「…一言申し上げて宜しいかな?」
  「はっはっは…」
  「…『愚か』と言う字は、一文字ではない」
  「!」
途端、騎士の笑い声が止まった。
騎士は、ぐるりと振り返った。
鬼面童子は唇を吊り上げて笑い顔を作って見せた。
  「…!」
騎士は無言で腰の大剣を引き抜いた。
その眼光には、明かな怒りの色があった。
  「…フ」
こちらも太刀の鯉口を切り、間合いを取る。
  「宜しい…貴方の望み通り、止めを指してあげましょう…」
騎士の眼に、怒りとは違う酷薄な笑みが浮かぶ。
  「…最も不名誉な死に様を晒すがいい!」
両者共に大地を蹴った。
間合いを詰める。
今度、先に仕掛けたのは鬼面童子であった。
裂帛の気合を込め、
  「…!」
騎士の胴へ引き抜き様に斬撃を加え…
  「…無駄だ!」
…騎士の姿は既に眼前に無かった。
刹那、鬼面童子は片膝を着き、太刀の切っ先を肩越しに背後へと突き出した。
  「一つ…伺っていいかな」
…騎士の大剣は鬼面童子の肩の上で太刀に受け止められ
  「何故…解った?」
…その太刀の切っ先は騎士の胴を貫いていた。
  「…貴殿が教えてくれた…『最も不名誉な死に様を』と」
…それが背傷の事であれば
  「…自ずと解る事」
  「…成る程…ハハハ…だが!」
…騎士の大剣に力がこもった。
  「…ぐ!」
…受けた太刀がじわりじわりと下がり、肩にぎりぎりと食い込む。
  「ハハハ…御見事…貴方の勝ちだ…但し!ヒト同士であれば!!」
…太刀の峰が肩に食い込み、再び鮮血が迸る。
  「…ぐ!ああっ!」
  「…所詮は蟻の一噛み!…ククク!…私は脆弱なヒトではない!」
…騎士の眼に狂気的な笑みが浮かんでいた。
  「…ヒヒヒ!…この程度では殺せぬ!死なぬ!!死なんのだよ!!」
…ついに
鬼面童子は太刀を握ったまま、ズルズルと雪原に崩れおちた。
騎士も傷口を押さえて立っていた。重傷ではないが流石に堪えている様であった。
  「…ククク…ハーハッハッハ!」
…狂気じみた笑い声が響き渡る。
  「…ハハ…このオレを嵌めた事は誉めてやろう!」
騎士は両手で大剣を振り上げた。
  「…ヒヒ…あーそーだ…貴方を安く見ていた。貴方はオレが相手をした中で…最高の戦士だよ…」
騎士の眼が細められ、酷薄な色が浮かび、
  「安心して…死ねいッ!!」
大剣を振り下ろそうとした。
その時、
鬼面童子は起き上がり、振り向き様、袈裟架けに太刀を振り下ろした。
が、騎士にとっては避けられぬ速度では無かった。
  「!…小癪な!!」
後に跳んでかわそうとして、
  「!…な?!」
…体勢を崩しかける。己のマントの裾が小太刀で雪原に縫い付けられていた。
騎士が気を取られた、その僅かの間に白刃が吠えた。
  「…」
  「…」
…両刀の鍔鳴りが雪原に響き渡る。
同時に、かつて氷の騎士であったモノは一柱の雪塊と化し…風に吹かれ四散した。
  「…く」
右肩を押さえ、片膝を着いた。
空は雲が既に覆い、雪が再び降っていた。
  「……」
肩を押さえたまま、立ち上がり、再び歩き始める。
どれほど、悲しくても
どれほど、悔いても
  (前に進む事しか…私は出来ぬ)
歩いた後に 道が在る
その辿り着く処は
誰も知らない


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